matyunagニャッシ

中国東北部、旧満州の旅。6日目午前。

d0139939_164980.jpg

いきなりお酒の写真ではじめてみた(お気に入りの写真)9月15日。
酒豪マダムがお持ちだったものを撮らせてもらいました。あれだけお酒が飲めると楽しいだろうなあ、と・・・。
この日は前夜歩きすぎたのもあり、朝のお散歩はナシで。

確かこの時だったと思うんですが、NHKが見られるホテルでした。
で、北朝鮮がまたミサイル発射しましたの巻。
自宅にテレビがない私は、中国ではじめてNHKがどのようにミサイルについて報道するかを見たという。
d0139939_1692677.jpg

バスの車窓より。8時出発、瀋陽から撫順へと向かいます。
d0139939_16105411.jpg

隣のバスの運転手さん。中国は日本と逆の左ハンドルです。
んでから、右折車両は歩行者より優先だそうです。
数日滞在すると、クラクションを鳴らさないなんて優しい運転手だな、と思うようになります。
基本、信号はありません。横断歩道は気休めです。
私は図々しいのでわりと平気。むしろ好きかも。
d0139939_16152868.jpg

というわけで、撫順での最初の訪問地は平頂山惨案遺址記念館です。



d0139939_16173474.jpg

惨案という名前の通りたくさんの方(中国側の見解では3000人)が日本軍により殺されたというのを展示するところなのですが、このパネルにあるように緑に覆われています。
見学も中学生くらいの子たちと一緒になったのですが、
遊歩道でおやつの時間が繰り広られていてのどかだったという・・・。
d0139939_16224144.jpg

だそうです。クリックすると大きくなります。

ここを訪問するまで、そんなことがあったなんて知りもしませんでした。
いろんなところで見た展示物で、他にもいろいろと大量虐殺的なことがあったとされるらしいと気づきましたが、ここがこんなに大きく扱われるのは、犠牲者の数とか証言をする生存者が多いとか、何か理由があるんでしょうかね。
遺骨が発掘されたというのも大きいのかな。
d0139939_1629328.jpg

発掘された遺骨はそのままの状態で公開されています。そこは写真NGでした。
d0139939_16314370.jpg

ところで何が起こったのかというと
1932年9月16日にこの辺りの村民を日本軍が殺害。
さらに隠蔽のためガソリンを使って遺体を焼き、山を崩した。
これは前日に撫順炭鉱が抗日軍に襲撃されたことの報復と見せしめのためだったとされるそうです。
d0139939_16364471.jpg

d0139939_16365852.jpg

数とか展示資料とかは鵜呑みにはできないかもしれないけれど
こういうことをやったんだという事実は消せないと思います。
知れただけでも良かった。

そしてなんというか・・・アレですが、私たちが訪れたのは9月15日。
翌日は85周年の式典が行われるようでした。リハーサル中。こういうのタイミング良いっていうのかな?
d0139939_16401622.jpg

午前中の2時間ほどをここで過ごし、お昼ご飯へ向かいます。
d0139939_16422150.jpg

撫順は瀋陽から40キロほど離れたところにあります。
朝は道路が空いていて予定より早く着いたらしく、お昼もゆっくりでした。
d0139939_1645268.jpg

撫順の「狼誘惑」というなんとも言えない名前のお店にて。

食事の時間は(前にも書きましたが)みんなで議論をしようの会が催されます。
この時は「中国語の人名は漢字を使わず読み方で表記するべきか」ということについて話をしました。
例えば「習近平」を「シージンピン」と表記するかということですな。

これが面白かったんですよー。めっちゃ勉強になりました。
ここでのポイントは「表記」に絞ったところだと思われます。
それでこの議題を提案してくれた方が以下のサイトを教えてくれました。

死ぬほどややこしい中国の人名表記 ― なぜ「サモ・ハン・キンポー」は間違いなのか

「この記事は約45分で読めます」て書いてある。
私もまだ読んでません・・・・興味のある方はぜひ。

というわけで、今回は文字が多かったのでここで。
次回はお昼ご飯の写真からはじめまーす。



つづく。
[PR]
by matyu_nao | 2017-09-30 11:00 | 旅ゆけば | Comments(0)