matyunagニャッシ

はじめての音声認識

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なんだかんだあーだこーだで河合隼雄「心理療法序説」というのを読みました。
メモっておきたい面白いところがあったのでヒマに任せて。


スポーツにしろ芸術にしろ、「適度」というものがあって、それをピタリときめるのが芸なのだから(以下略、p239)

写真にもあると思う。
料理の盛り付けとか。素材を撮るときのおいしそうな量とか。
こないだの山形での写真講座のとき
梅干しを上手に撮りたいというメーカーの方に
これちょっと盛り過ぎですね・・・おいしそうに見える量ってものがありますので
とお話したのを思い出しました。
そしてこれは師匠の受け売りです。ウス。


神話の分析については他に譲るが、要するに、日本神話の構造の特徴は、中心が無為の神によって占められ、その周囲にいろいろな神がうまく配置されて、均衡を取り合いながら存在しているのである。
中心に全体を統合する原理や力をもった神が存在するのではなく、中心は「無」なのである。
この特徴を明確にするため、キリスト教の唯一の至高至善の神をもつ考えと比較し、それを「中心統合型」と呼ぶのに対して、日本のを「中空均衡型」と呼ぶことにした。
「中心統合型」と「中空均衡型」はまさに一長一短であり、簡単に優劣を判定することはできない。
このようなものの言い方をするところが既に中空均衡的だと言われそうであるが、いずれにしろ、どちらかの観点に立って他方を批判することは容易である。
中空均衡型も大別すると母性原理優位の方に属するが、それなりに父性と母性のバランスをとろうとしたり、全体の構造をある程度もっているところが、母性原理中心とは少しニュアンスが異なっていると考えられる。

中空均衡型の特徴を ー分かり切っているだろうがー 一応を少しあげておく。
中心が空であるため、それは善悪、正邪の判断を相対化する。そのため対立するものでも、全体的平衡を保つ限り共存できるのが特徴的である。
中心統合型では、中心が絶対化され、それと相容れぬものは周辺部に追いやられるか、排除されてしまう。中空型は対立するものが共存できる妙味があるものの、時にそれはどうしようもない悪をかかえこんだり、すべてのことがあいまいになってしまう欠点をもつ。
このようなことは日本人の生き方を見ているとよく感じられることである。

中心が空であるために、一時的にせよそのなかに何かを取り込むことが行われやすい。日本人が仏教、儒教などを取り入れてきたことにそれが示されているが、ただ、それは中心に定着せず徐々に全体のなかに取り込まれて「日本化」し、中心は再び空になる、という傾向をもつ。
あるいは、中心への他からの侵入を避けるために、中心に「無為」の人を長として入れて象徴的に「かついでおく」という形をとるときもある。
このような形を好むときは、有能な人は長にはなれない、というような西洋的に見ると不可解なことが生じたりする。このようなときでも、全体の平衡のためには中心を「空」にして保持することが大切なので、無能な長を守るために多くの人が努力をするときもある。
中空構造について述べると切りがないので、このあたりで切りあげるが、各自は日本の政治、宗教、社会構造などいろいろな点に、この考えがあてはまることを、自ら確かめていただきたい。(p143-p144)


読みやすくするために改行など適宜入れています。
下線部は本では右に点が打ってありました。
いちいち自分で打ち込んだ方が記憶に残りやすくて良いかなあと思ったけど
ちょっと思いついて音声認識を使ってみた!!すごく賢かったデス・・googleサン。

そんなわけで、引用部分最後の方が、もうもろに今のそーり大臣を思い起こさせるな、と。


写真は先日の天王洲アイル。鳥さん。







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by matyu_nao | 2018-05-30 16:41 | 読んだもの | Comments(0)